あの「歯磨けよ」は、台本に書いてあったのだろうか。
ザ・ドリフターズの加藤茶さん(83)が11月5日、ライオンのハミガキ発売130周年の式典に杖をついて出てきて、その答えを話している。スポーツニッポンによると、「8時だョ!全員集合」の終わりのあのかけ声は、いつもの挨拶に飽きたとき、メッセージを込めてアドリブで言ったのが始まりだという。言い始めたころは反響がないと思っていたが、意外にあったので、調子に乗って「風呂入れよ」「車に気をつけろよ」と増やしていった、とも話している。
台本の外で、歯磨きを勧めていた
話が面白くなるのは、ここからだ。ライオンはあの番組のスポンサーだった。式典では、子どもたちに歯磨きを呼びかけてきた功績だとして、加藤さんに感謝状が贈られている。
つまり、歯磨き粉の会社が提供する番組で、出演者が自分から「歯磨けよ」と言い出したことになる。今なら、宣伝の文句を台詞に紛れ込ませたのかと勘ぐられそうな場面である。それが台本ではなかったと本人が言うのだから、会社の側から見れば、これほどありがたい話もない。
番組は1969年10月から1985年9月まで続き、最高の世帯視聴率は50.5%を記録した。土曜の夜、それだけの数の茶の間で、子どもたちは毎週、台本の外で歯磨きを勧められていたわけだ。
学校では、その前から磨かされていた
そういえば、と思い出すのが学校の歯磨きである。ライオンが社史として公開している資料によると、同社は大正11年ごろから、小学校で子どもに歯の磨き方を教える「歯磨教練」を広め始め、大正15年に最初の指導書を出した。号令や音楽に合わせて磨く「歯磨体操」は昭和30年代が最盛期で、平成2年の大会で行われたものが、おそらく日本で最後だという。
今の70代が小学生だったのは、ちょうどその最盛期にあたる。学校で号令に合わせて磨き、大人になってからは土曜の夜に、子どもと並んで「歯磨けよ」を聞いた方もいると思う。
ライオンが「獅子印ライオン歯磨」を売り出したのは明治29年、1896年だ。同社は自分で、多くの競合品がひしめく市場に後発で参入したと書いている。後から来た会社が、学校とテレビの両方で、子どもに歯を磨く習慣を根づかせてきた。加藤さんの一言は、その長い話の中で、いちばん効いた宣伝だったのかもしれない。本人に宣伝のつもりがなかったところが、効いた理由だと私は思う。
83歳の自分の歯
加藤さんは80歳を過ぎた今も自分の歯を多く残していて、「自分の歯でかむとご飯がおいしく感じられる」と話したそうだ。目標は、名前と同じ字の祝いである茶寿、108歳まで生きること。式の最後は、ビデオカメラに向かって「歯磨けよ」と言って締めくくったという。
言われると、今でもつい洗面所のほうを向きたくなる。

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